(この記事は2025年8月10日に書いたものを再構築して執筆している)
カフェインを摂取する週末の2日目。朝から集中してPCで作業を行なっている。
今日の調子はなかなか悪くない。昨日と同様に東陽町のgoodcoffeeにてカフェオレを啜っている。昨日とは何か違うことをしてみようと思って、モーニングセットを頼み、にんじんのポタージュとバケットを食べた。酸味がする硬いパンはそのまま食べても独特の風味を楽しむことができるし、ポタージュに浸して食べても美味しい。小麦製品は日本人の体に合わないという言説を直感からある程度支持している身として普段パンは食べないのだが、たまに食べるパンはなかなか美味しい。
作業がひと段落したのち図書館へ向かって幅広く情報を収集し、自宅へ戻った後は一時間以上かけて自分の過去のツイートを読んだり、ブログのリライトをした。僕には(おそらく、人間には)一つの物事への集中ができるタイプの集中力と、分散的な思考への没入するタイプの集中力があると思う。そのバランスはコントロールできるものではないため、こうして自分のツイートを読み続けるといったことに没頭してしまうことがある。精神に明らかに良くなさそうなことをしていたせいで、案の定精神の調子が狂い始めてきた。
Twitterにのめり込んでいた14歳~17歳ぐらいのことを思い出すと、なかなか複雑な気持ちになる。当時の自分の発言がかなり見苦しいことは勿論、自分がすれ違ってしまった人たちの現在などを考えるとなんとも苦々しい気持ちになる。自分はこうして自分として逃避などありつつも自己実現のようなものと地に足のついた生活とのバランスをとりながら良い方向に行けたような気がするけれど、皆はそうではないように見える。社会からドロップアウトしている人が3割、なんとか労苦に耐えながら残りの時間でソーシャルゲームなどをしている人が7割といったところだと思う。ただ、社会からドロップアウトしている(と僕が判定している)人たちも意外とその生活は悪く無いように思えて、なんというか現代の豊かさと人間の柔軟さみたいなものを感じる。その一方で、会社に毎日通いながら愚痴をTwitterで言っているだけの人はなかなか見苦しさがある。 改めて考えてみると、自分も生まれ持った時点で決定していた経済資本と文化資本によってある程度の場所へ辿り着けているだけで、特に何も自分の力で成し遂げたことはないし、人格の偏りなどを考えると堕落者という位置付けにはなると思う。本質的な面ではかつてのインターネット知人たちと何も違うところは無いはずなのに、トータルで手にしているものの違いを考えると、人生の運ゲー要素というものがとても強いように思えて、ある種の罪悪感のようなものを感じる。
僕がこうして他人と違うことをする人間になったのは、ただ、上昇への指向性や特別であることへの指向性のようなものが植え付けられているというだけで、それも結局のところ生育環境や遺伝子に帰結するだろう。プラスの内容であろうがマイナスの内容であろうが、その現状において個人に責任というものは基本的に無いと思う。自己責任論は虚構であり、かつそれを否定すると社会は破綻してしまうという難しいバランス関係にあるが、僕は自然状態の人間として前者の見方を支持したい。
インターネットの時代に話を戻す。僕の反社会性は、はぐれ者的なな人間が集まるであろうインターネットにおいても発揮されていた。みんなで一緒にゲームをやったりしても、今になって考えると顰蹙を買うような言動ばかりしていたように思える。当然の如くそうして人が周りから離れていったり、怒らせてしまったことも数多くある。そうしたことについては今でも後悔していいる部分は多い。自由奔放に振る舞いたいとは思っているが、嫌われたいと思っているわけではない。
インターネットには当然のように不登校や引きこもりの人などが居て、そうした人たちと一緒にゲームをするなどして遊んでいたわけだけれど、僕は他人の感情を推し量ることはできつつも共感することができないため、ラインを時々超えてしまうことによって彼らを傷つけてきただろう。今後も人間関係において、自分が欲しいと思っているものを永遠に手に入れられないと思うとなんともやるせ無い気持ちになる。最初からてんでダメであれば諦めはつくのだけれども、序盤の関係性構築自体は得意であることによってなおさら諦めがつきづらい。
こうしたタイプの社会不適合者は今後も苦しんで生きるしかないのかもしれないし、案外この程度の苦しみは誰もが抱いているものでもあるだろう。人間は個人差あれど本質的に自分中心で心が冷たく、適度に悲しくなりながら生活していくものなのであるとして受け入れていければいいようにも感じる。かといって人との関わりが途絶えてしまうとそれはそれで寂しさを感じることもあるため、ハリネズミのジレンマのようなものを永遠に続けていくのだろう。
結局のところ人との繋がりは欲しいし、かつて見下して追い越したつもりになっていた人たちより僕は何一つ優れていなくて、同時に彼らと永遠に親密でいたかった。それでも戻ることはできないし、指向性としてはやはりすれ違い続けるしかない。若者の救済という言葉は、当時16歳ぐらいであった僕のTwitterのbio欄に書かれていた言葉だ。ライ麦畑でつかまえて、的な話で、つまり僕は救済を掲げながら誰よりも救済されたがっていたのだと思う それは今も変わらないのだけれど、他者と自己をより区別するようにしたことによって現在は救済という言葉を掲げなくなったのだと思う。そんなこんなで2時間ほどひたすら自分の過去と未来についてウジウジ考えた。
読んでくれてありがとう。